元代前期の文人。字は子昴。号は松雪道人など。諡は文敏。呉興(浙江省)の人。宋の皇族であったが宋の滅亡後、元の世祖フビライにひきあげられて兵部郎中を授けられた。その後昇進して翰林学士承旨となった。 詩文や音楽に精通したが特に書画にすぐれ、絵は山水・竹石・人馬・花鳥いずれもよくして画壇への影響は大きい。書は年少のころより智永の千字文を臨書し、楷・行・草書は二王の典型を学んだ。一日に一万字を書くという努力家であった。