
清の古典 抱朴子語

- 古典名
- 抱朴子語
- よみがな
- ほうぼくしご
- 作者
- 趙之謙
- 制作年代
- 清時代
抱朴子語の特色
趙之謙が、文卿という人物のために書き与えた作品。晋の抱朴子の佚文を書いている。落款に「同治己巳」と記されていることから、同治8年(1869)の作品であることがわかる。
趙之謙は浙江省会稽の人。字は益甫。号は悲庵、无悶など。咸豊9年(1859)の挙人。挙人に及第してまもなく、太平天国の乱による家屋の焼失や、妻子の病死という不幸に見舞われる。同治元年(1862)に会試に挑むために上京するが、結局進士に及第することはなかった。
初期の書学は顔真卿が主で、20歳前までは顔氏家廟碑を一日に500字も習っていたといわれる。会試のために上京した頃から北魏の書を学ぶようになった。篆刻にも優れ、日本の篆刻会にも多大な影響を与えた 。
