唐の乾元(758)年の作。真跡は亡逸し、拓本のみ残る。 内容は顔真卿が伯父の顔元孫の霊に告げた祭文で、安史の乱で惨殺された顔杲卿(顔元孫の子)が忠節により褒賞をうけたこと、顔真卿やほかの生存者たちも表彰されたことなどをいい、顔元孫の墓前に告げたものである。 争座位文稿、祭姪文稿とならんで三稿と称される。