赤壁賦は、明時代の祝允明が、蘇軾の前後赤壁賦を草書で書いた巻物である。 前赤壁賦は70行、後赤壁賦は47行、毎行7、8字ずつ書かれている。款記に「正徳辛巳歳秋日。書于知秋館。祝允明識」とあり、正徳16年(1521年)、祝允明が62歳の時に書かれた作であることがわかる。 祝允明は江蘇省蘇州の長洲の人。字は希哲。号は枝山、枝指生。弘治5年(1492年)の挙人。広東省興寧県の知事となり、のちに応天府(南京)通判に転じたため、祝京兆とも呼ばれる。