東晋の書家。幼名は官奴。字は子敬。諡は憲。琅邪臨沂(山東省)の人。王羲之の第七子。王羲之を大王、王献之を小王、父子で二王と称される。 王羲之の七子中とくに天分に恵まれ、幼少より王羲之について書を学び、のちに張之の一筆書も学んだ。父と同様各体をよくしたが、とりわけ楷書と草書にすぐれた。 書は「洛神十三行」「地黄湯帖」「中秋帖」などがあり、「中秋帖」は乾隆帝の三希堂に宝蔵された搨模本の一つである。