北宋中期の書家。字は君謨。諡は忠惠。仙遊(福建省)の人。茶人としても知られる。端明殿学士となったことから蔡端明とも、興化軍の治所である甫田の雅称から蔡甫陽とも呼ばれる。 蘇軾、米芾、黄庭堅とともに宋の四大家と称され、当時からその名は高かった。各書体をよくし、好んで飛白で草書を書いてそれを飛草と呼んだ。書ははじめ周越を学び、顔真卿から王羲之など、名家の書を遡って学んだ。とりわけ顔真卿や王羲之の影響を受けた楷行書の評価が高い。