明代中期の書家。字は希哲。号は枝指、枝山などで、右手の指が一本多かったからといわれる。長洲(江蘇省)の人。文徴明とともに蘇州の書壇を代表する。 書は祖父の徐有貞に草書、義父の李應禎に楷書を学んだ。終生臨書を怠ることがなく、魏晋から元まで臨模しないものはなかった。鍾繇や王羲之の小楷を精学して一世を風靡し、晩年になると放縦な狂草がもてはやされた。