清代後期の文人、書家。字は見山。号は李仇、藐翁、遅鴻残叟。浙江帰安(湖州)の人。咸豊5(1855)の挙人。太平天国の乱の鎮圧に参加するが、家と子を失い、公私とも恵まれなかったという。 呉昌碩に師と仰がれ、趙之謙・呉大澂らとも交流があった。金石を好んで小学に精通し、詩文をよくした。書は隷書をもっとも得意とし、尺牘など行草書には独特の味わいがある。