
清の書家 楊守敬

- 書家名
- 楊守敬
- よみがな
- ようしゅけい
- 生没年
- 1835~1915
- 時代
- 清代後期
楊守敬の特色

清代後期の学者、書家。字は惺吾。号は隣蘇老人。宜都(湖北省)の人。家は商家であったが、向学心にもえ挙人となる。会試に落ち官途に志を得られなかったが、駐日大使何如璋に招かれて渡日する。
来日の際、歴代の碑版法帖一万点余を持参し、日下部鳴鶴、巌谷一六、松田雪柯などに六朝碑学を鼓吹した。楊守敬の啓蒙により日本には碑学派の書が浸透し、日本近代書道の立役者となった。
もとより金石学への関心が深く、地理金石学者として知られた。また古書収集にも力を注ぎ、各分野での著書は重要な記述となる。
書は篆隷楷行草にわたり、碑学を提唱したものの北碑一辺倒ではなく、帖と碑を混成した書風となる。著書は『激素飛清閣平碑記』『激素飛清閣平帖記』など。

書道ジャーナル64号
書道ジャーナル89号