号は徳友斎、大虚庵。父は光二。刀剣の鑑定・研磨・浄拭を家職とする本阿弥家に生まれる。 近衛信尹、松花堂昭乗とともに寛永の三筆と称された。俵宗達が料紙の下絵を描き、本阿弥光悦が歌集を散らし書きした慶長期(1596-1615)の作品群は、書画一体の個性的な世界を築いている。 書においては小野道風・空海の日本の書風に張即之の風を取り入れている。