
室町の書家 一休宗純

- 書家名
- 一休宗純
- よみがな
- いっきゅうそうじゅん
- 生没年
- 1394~1481
- 時代
- 室町時代
- 代表作
- 一行書 尊林号
一休宗純の特色
諱を宗純。狂雲子・瞎驢・無閨ともいう。後小松天皇の皇子であるともいわれる。幼名を周建。応永25年(1418)近江国(滋賀県)堅田の禅興庵に華叟宗雲を訪ね、ここで修行して一休の号を授かった。勅命によって大徳寺への出世を請われていたが、養叟宗頤一派との不和によって、入寺できなかった。
当時の禅宗の退廃を嘆いて、虚堂智愚・宗峰妙超のいにしえに還れと主張し、その情熱的な行動は奇行とみなされた。連歌の柴屋軒宗長、能楽の金春禅竹、画家の曽我蛇足、茶道の村田珠光は一休宗純のもとに参禅した人として有名である。
一休宗純の書は竹筆を用いた。真珠庵にある「諸悪莫作・衆善奉行」一行書や、酬恩庵の葉室号、遺偈などがある。
