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奈良の書家 光明皇后

樂毅論
書家名
光明皇后
よみがな
こうみょうこうごう
生没年
701~760
時代
奈良時代
代表作
樂毅論 杜家立成雑書要略

光明皇后の特色

光明皇后

 聖武天皇の皇后。藤原不比等の第三女。名を安宿媛または光り輝くように美しかったので光明子とも呼ばれる。母は県犬養橘三千代。高野天皇(孝謙)の母。聖武天皇が皇太子のとき、16歳で妃となり、天平元年(729)に皇后となる。臣下の立后の最初の例である。聖武天皇が孝謙天皇に位を譲られたのち、皇后官職を紫微中台と改め、生母として政界に重きをなした。
 光明皇后の真跡には「楽毅論」「杜家立成雑書要略」がある。「楽毅論」は王羲之の「樂毅論」の臨書で、「杜家立成雑書要略」は尺牘の例文集である。このほかに「鳥下絵経」があり、光明皇后筆と伝わるが、平安時代の書写にかかるものである。