名は富壽、字は考卿。雪竹は号。落款には必ず雪竹富壽と書いた。山形県に生まれる。幼少から学問を好み、元紀州藩の儒官井上韋斎について漢籍を学ぶ。16歳で日下部鳴鶴に師事、巌谷一六の益を受け、漢魏六朝の碑法帖を研究する。近藤雪竹は楷行草篆隷の各体にすぐれたが、とりわけ隷書を得意とした。日下部鳴鶴の書法を忠実に守り、師の亡き後は一門の精神的支柱となってとりまとめた。