安土桃山・江戸時代初期の公卿。太政大臣前久の子。初名は信基、信輔、号は三藐院。一字名は尹、杉。摂関家の嫡男として、21歳で従一位・左大臣に至る。父の薫陶を受けて和歌・書画を学び、禅は大徳寺春屋和尚・古渓和尚・沢庵和尚に参じた。 書は初め道修流を学び、禅僧風を加味したかなを創生した。のちに三藐院流と称され、本阿弥光悦、松花堂昭乗とともに寛永の三筆と称えられた。代表的な作品に「和歌屏風」「歌仙屏風」、日記に『三藐院記』がある。