
明治の書家 丹羽海鶴

- 書家名
- 丹羽海鶴
- よみがな
- にわかいかく
- 生没年
- 1864~1931
- 時代
- 明治時代
丹羽海鶴の特色
名は正長、字は寿卿。岐阜県に生まれる。書家。日下部鳴鶴に師事する。丹羽海鶴は学校教育において活躍し、府立中学校講師、学習院教官、東京高等師範学校(現筑波大学)講師などを歴任した。また明治41年発行の『新訂中等習字帖』をはじめ、教科書・手本類の執筆も多く、近代書道教育の発展に貢献した。
書は端正で気品が溢れ、鄭道昭や晋唐の楷書を基調とした書風は海鶴流として一世を風靡した。丹羽海鶴の門人であった鈴木翠軒は『書人翠軒』(二玄社刊)で、丹羽海鶴の細楷を「良寛の細楷と並び称せられてもよいくらいな緊った品のよいもの」と評している。
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