
鎌倉の書家 蘭渓道隆

- 書家名
- 蘭渓道隆
- よみがな
- らんけいどうりゅう
- 生没年
- 1213~1278
- 時代
- 鎌倉時代
- 代表作
- 法語規則 諷誦文
蘭渓道隆の特色

中国・宋の西蜀地方で生まれた。諱は道隆。13歳で成都の大慈寺に入る。寛元4年(1246)、33歳で弟子を伴って来朝し、博多の円覚寺や京都泉湧寺迎院に入る。北条時頼は鎌倉建長寺を建てて道隆を招き、開山させた。臨済宗布教の巨匠として功績は大きく、わが国最初の禅師号、大覚寺禅師を勅諡された。
墨跡の書法の基礎となっている張即之の書を日本に伝えた。道隆の書として現存するものに、金剛経の「法会因由分第一」から「応化非冥分第三十二」までを書写したもの、「諷誦文」住持が僧を率いて読み上げる願文がある。著書に『大覚禅師語録』がある。
