越後国(新潟県)出雲崎の名主山本伊織の二男として生まれる。幼名は栄蔵、のち文孝。字は曲、号は大愚。父が水死を遂げたあと、家を弟に譲って光昭寺に入り剃髪した。諸国を修行し、国上山五合庵、乙子神社境内、晩年には島崎村木村家に移り、ここで没した。 良寛は禅僧であるとともに、書・詩・歌の三方面の芸術を発揚している。 楷書は「瘞鶴銘」や顔真卿、草書は王羲之や懐素の「自叙帖」「千金帖」、かなは「秋萩帖」を学んでいる。