
平安の書家 橘逸勢

- 書家名
- 橘逸勢
- よみがな
- たちばなのはやなり
- 生没年
- 782?~842
- 時代
- 平安時代
- 代表作
- 伊都内親王願文
橘逸勢の特色
左大臣諸兄の曾孫。遣唐大使藤原葛野麿に従い、留学生として空海らとともに入唐し学問に励んだ。唐人は橘逸勢の才を賞して橘秀才と呼んだという。また空海・嵯峨天皇とともに三筆と称される。
橘逸勢は早くから能書家として名が高く、弘仁7年(816)に興福寺「南円堂銅台銘」を書き、9年に嵯峨天皇の勅を奉じて内裏12門のち北面3門の門額を揮毫したという。「伊都内親王願文」は彼の書とされている。『園城寺文書』中の「三聚浄戒示」第四紙十行はよくこの「伊都内親王願文」の書風を習った書である。『文徳実録』に「尤妙隷書」、特に隷書が優れていたとある橘逸勢であるが、その真跡と確認できる遺品はない。
