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群臣上寿刻石
群臣上寿刻石は、前漢の後元(BC.158)の刻。この刻石は漢代最古の磨崖碑とされ、篆書15字(下記)
趙廿二年八月丙寅群臣上寿此石北
が刻されている。字径10㎝前後の大きさで、一行で刻されているが全体的に摩滅が激しい。
現在の河北省永年県の西60里の婁山にあり、楊兆璜により発見された。刻石の年代は刻文の「趙廿二年」から、後元6年に当たり、BC.158とする説がある。
書風はわずかに隷意を孕んだ篆書で、朴訥(ぼくとつ)で角を削ぎ、円みを帯びた姿からは温かみを発している。横画は全て水平に引いて均一性と安定性をもった字形となっている。
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