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竹簡とは竹でできた小札(簡)で、絹布や紙が使用される以前に書写の材料として使われた。湖南省や湖北省、甘粛省などで多く出土している。中国の戦国時代に、竹の豊富な楚の国で使用された竹簡を楚簡(そかん)と呼んでいる。竹に対して木に書かれた簡を木簡という。
臨沂銀雀山竹簡は、1972年に山東省の臨沂市内にある銀雀山漢墓から出土した竹簡で、その大多数が兵法書である。この銀雀山漢墓からは4992枚もの先秦時代の竹簡が出土し、この発見は中国近代10大考古発見の一つに数えらる。その墓葬年代は前漢の武帝初期頃のBC140~118年と推定され、兵法書はそれ以前に書写されたと思われる。
図版は臨沂銀雀山竹簡の『孫子兵法』(銀雀山漢墓竹簡兵法書ともいう)で、書写内容は兵法に関するものである。この他に『孫びん〈月+賓〉兵法』、『六韜(りくとう)』〈注:参照〉、『尉繚子(うつりょうし)』、『管子』、『晏子(あんし)』、『守法守令等十三篇』などがある。この発見により、『六韜』や『尉繚子』が前漢前期に既に伝えられていたことが判明した。
書写された書体は古隷に属し、書風には『孫びん兵法』、『尉繚子』、『晏子』などに見られる横画を水平に伸ばし、字形を厳粛に守って書いているのが特徴である。簡の所々で文字の一箇所に手脚の長い画を入れているのが見られる。
注:六韜とは文韜・武韜・竜韜・虎韜・豹韜・犬韜で、周の太公望の撰と称せられる兵法の奥義書である。
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