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漢代以前までは甲骨・青銅器・石刻といった、一種独特なものに文字を記すことが多かったのに対し、木に記したものを木簡、竹に記したもの竹簡という。当時の社会が密接な関係を築けば築くほど、不変的な書写材料より、実用的な面を重視したものが誕生していった。
1972年から76年までの間、中国の甘粛省博物館を中心とする甘粛居延考古隊が額濟納(えちな)河で三箇所の発掘をし、漢簡11000枚余りが出土した。これらを「居延新簡」と称している。居延新簡は、それ以前に出土した居延漢簡(旧簡)の発掘を踏まえて決行されたため、時間をおおいにかけた科学的な発掘であった。また、出土場所の特定ができているだけでなく、地層配列方向(層位)の関係がはっきり分かってことが旧簡との相違点である。
「居延新簡」の形状の種類は簡(札)・牘・両行・検・檄・楬(籤)・符・觚・册があり、書写内容は皇帝からの文書・上申文書・簿籍(帳簿)などである。
居延新簡が出土し、全てが土に覆われ、簡の種類の区別も出来なかったものが、土から現れて文字を記された内容が分かった時点で、それは単なる木ではなく、価値ある史料となるのである。同じ木でここまで形状や用途を変えてしまう、簡の驚くべき真実を知るとともに、まさに漢代のいやそれ以前の人々の、生きる知恵の集大成を窺い知ることができるのである。
書風は扁平で構築的な隷書のものもあれば、草書のように画数を極端に省略するものまである。特色としては年・令・下などで長脚したり、波磔を思い切り左右へと伸ばしたり、自由奔放に書かれていた。
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