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<天発神讖碑>(てんぱつしんしんひ)は、三国・呉の天璽元年(276年)の作。皇象(おうしょう)の作とも伝えられるが確証はない。<天璽紀功頌>、<三段碑>とも呼ばれる。
碑は三つに断裂しており、上段21行・中段17行・下段10行となっている。もともと一石であったものが三石に断裂したと考えられていたが、清代の羅振玉(らしんぎょく)は始めから三石に刻したものであるとした。
内容は、呉の皇帝の孫皓(そんこう)が天から玉璽を授かったことで天璽と改元し、呉の功徳を述べるために建てたものである。
書体は篆書であるが、特異な書風で書かれている。清代の金農(きんのう)は <天発神讖碑>に基づいて、彼独特の隷書を構築した。原石はもともと江蘇省の厳山にあったといわれているが、清代の嘉慶10年(1805年)に火災で亡佚した。
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