高貞碑(北魏・523年)

 <高貞碑 >(こうていひ)は北魏・正光4年(523年)の刻。232×91㎝。全24行、一行ごとに46字が楷書で刻されている。篆書4行の陽文で「魏故営州刺史懿侯高君之碑」と刻された題額がある。

 渤海の名族で秘書郎・太子洗馬まですすんだ高貞の頌徳碑。高貞の字(あざな)は羽真。姉は宣武帝の皇后に迎えられたため、王室の外戚となったが、26歳の若さで没した。

 撰文者・筆者については記載がないが、皇室の外戚になる名門であるため、当時の一流の筆者が書いたと推測される。

 この碑と<高慶碑>(こうけいひ)、<高湛墓誌銘>(こうたんぼしめい)を「徳州三高碑」と呼ぶ。また、<高植墓誌>(こうしょくぼしめい)を加えて「徳州四高碑」とも呼び、書風も酷似している。

 <高貞碑>は清の嘉慶11年(1808年)に山東省徳県から出土して、現在は山東省博物館に隣接する山東省文物考古研究所にある。


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