鄭羲下碑(北魏・511年)
<鄭羲下碑>(ていぎかひ)は北魏・永平4年(511年)の刻。鄭道昭(ていどうしょう)の撰ならびに書。340×360㎝。全51行、1244字。1字の大きさは約5㎝。楷書2行で「滎陽鄭文公之碑」の7字が刻されている。<鄭文公下碑>(ていぶんこうかひ)とも呼ばれる。巨岩の一面に刻された摩崖で、山東省掖県の雲峯山の山中に現存する。 内容は、北魏・太和16年(492年)に67歳で亡くなった父の鄭羲を讃えたもの。郷里の墓に墓碑を建てることができず、それを歎いた鄭道昭が山東に赴任した際に刻した。 鄭道昭が滎陽開封(河南省)の人。中岳先生と号した。父・鄭羲の末子。鄭道昭は少年時から学問を好み、群書を読み漁ったという。鄭道昭の他の作品としては<論経書詩>、<鄭羲上碑>、<東堪石室銘>がある。